リモデルをどうやって盛り上げていくかが課題 リモデル主体の経営体制が大きな変化
リモデルをどうやって盛り上げていくかが課題 リモデル主体の経営体制が大きな変化
50周年記念特集号(第二弾) TOTO㈱ 北崎武彦常務
――50周年インタビューにご対応いただきありがとうございます。
早速ですが、住宅設備もこの50年の間に大きく変化したのではないでしょうか?
北崎常務:50周年おめでとうございます。50年は長い期間ですので、住宅の水まわり設備機器も大きく変化しています。
私どもの創立は1917年ですので、今年で108年目になります。
ですから、ちょうど創立して半分ぐらい経った時が50年前ということになります。
ちょうどその辺りで私たちは転換期を迎えていました。
創業時はまだ下水道も敷設されてなかったものですから、衛生器具の商売はなかなか厳しいものがあり、当時は並行して食器も作っていました。
そして1969年、まさに50年程前に食器の生産をやめ、住宅設備の販売に集中しはじめました。
いわゆる高度経済成長期の1960年代の後半から住宅設備の質や量が大きく変わってきました。
当時は、トイレですと用を足すだけ、お風呂ですと体を流すだけ、キッチンですと料理を作るだけ、 洗面所ですと手を洗ったり歯磨きしたりというだけの本当に基本的な動作を行う水まわりでしたが、高度経済成長期になり経済規模が大きくなると、ライフスタイルも大きく変わってきました。
そのような背景もあって、単に「清潔であればいい」という場所だけではなく、快適で、くつろげ、使うこと自体が楽しくなる場所として、住宅設備もこの50年で変遷をしてきたと捉えています。
器具が変わるとともに、お客様にお伝えする場であるショールームやカタログ、 ポスター、CMといったいわゆるコミュニケーションもこの50年間で大きく変わりました。
2000年頃からデザインも非常に重視した作り方になってきましたが、これも大きな特徴の1つではないかと思っています。
私どもはご存知の通り、水まわり4部位を販売させてもらっています。
まずメインはトイレですが、50年前ですと今のような腰掛けの洋式便器ではなく、和式の便器でした。
私の自宅も和式でしたし、街中のスーパーや駅、公園などもほぼ和式でした。
私どもの出荷比率でいくと1970年は和式が73%で洋式が27%でしたが、この50年間でほぼ和式はなくなり、2018年は和式が0・4%で洋式が99・6%となりました。
この50年間で大便器の形が大きく変わったことが1番の特徴に挙げられるのではないかと思っています。
そして、50年間のトイレの大きな出来事というと、ウォシュレットです。
1980年にウォシュレットを発売した当初はなかなか世間に受け入れていただけず、1982年にはテレビCMで物議を醸したこともありましたが、おかげさまで今はどこに行っても温水洗浄便座がついている、そんな水まわりになっているのではないかと思っています。
2022年には累計出荷台数が6000万台を突破し、日本の普及率も約8割のご家庭に温水洗浄便座がついています。
また、50年以上前はレバーを1回動かすと大便器に20Lの水が流れてましたが、今は最小で3・8Lになっていますので、形状と共に機能面でも大きく変化をしています。
お風呂もこの50年間で大きく変わっています。
1964年の東京オリンピックの時に初めて、ユニットバスルームという組立式のお風呂をホテルニューオータニに納めさせていただきました。
在来軸組工法でタイルを張って、ポリバスを置いて、外にバランス釜を置いてというお風呂が主流でしたが、組立式のユニットバスルームが一般住宅にも入ってきました。
弊社では1966年に集合住宅用、1977年に戸建住宅用のユニットバスルームを発売しています。
開発当初は組み立てたものを車で運んで設置するタイプでしたが、内組で部材を組んでいくという形に変わり、今は主流が内組式のユニットバスルームになっています。
2001年には朝には床が濡れていない「カラリ床」、2004年には4時間経っても温度が2度程しか下がらない「魔法びん浴槽」、2008年には柔らかくて膝をついても痛くない「ほっカラリ床」、2018年には肩、腰からマッサージのようなお湯が出る「楽湯」を搭載したシステムバスルーム「シンラ」などを発売しています。
単に体を洗うだけではなく、お風呂を癒しの場として快適な空間を楽しんでいただこうとした結果、そのような変遷をたどってきました。
洗面化粧台は、 1966年に住宅公団向け、1968年に一般家庭向けに発売し、導入がスタートしました。
当時は鏡と下台が分かれていて、上のキャビネットを開けると歯ブラシを入れたりすることができる機能だったのですが、1985年に洗面化粧台でシャンプーができる「シャンプードレッサー」を発売。
当時、学生の方、特に女性の方が朝にシャワーを浴びたら時間もかかるし面倒なので、洗面化粧台で頭を洗うという文化が生まれ、また「朝シャン」という言葉が1987年の新語・流行語大賞に選ばれました。
その後、1995年に壁付け水栓が特長の「ランドリードレッサー」、1997年に昇降機能付きの「座・ドレッサー」を発売しています。
さらに直近ではコロナがあり、パブリックの駅やデパートなどではタッチレスの水栓は昔からよく見られましたが、一般住宅でも非常に増えているといった変化があります。
最後にキッチンですが、当時は流し台で料理を作るだけで、今は対面式のオープンキッチンで楽しみながら家族と話をしながら作っていくキッチンが主流になっています。
さらに、私どもは水まわり全てに「きれい除菌水」を搭載しています。
水を電気分解して身体に影響がなく、除菌の効果が非常にあります。
2011年にトイレ、2016年にキッチン、洗面化粧台、2018年には一番面積が広く開発が大変だったお風呂に展開されました。
――これまでたくさんの苦難があったと思いますが、印象的な出来事はございますか?また、現在の課題はどこにあるとお考えですか?
北崎常務:メーカーですので開発の面でも各製品苦労はありました。
さらに販売体制と言いますか需要の捉え方は大きく変わりました。
50年前は新築依存の体質でしたが、将来新築は減るだろうと確信したことで、新築ではなくリフォーム、私どもはリモデルと呼びますが、このリモデル主体の経営体制に変えていくことが1番大きな変化だったと思っています。
1981年に開始した「増改・取替キャンペーン」は、住宅の増改築・取替え需要の開拓を目指し、私どもがリフォームを全面に出した最初の施策でした。
そして、「修理・修繕・もとに戻す」だけではなく「良かったのレベルにまでにする」という意味をこめたリモデルを正式に会社経営の中心に捉えようと1993年に「リモデル宣言」を発表しました。
当時はまだまだ新築が伸長していて、「どうしてそのような時期にリモデルをするのか」と社内外からたくさん声がありました。
私も当時営業でしたので、そういう思いを持ちながら疑心暗鬼でスタートしたことを覚えています。
そうした中、1994年にはリモデルクラブ店様を制度化し、今年で30年目になります。
当時600店ぐらいからスタートしたリモデルクラブ店様が今は全国5000店強いらっしゃいます。
私どものリモデルの考え方にご賛同いただいて、一緒にリモデル需要を喚起してくださる施工店様がそれだけ増えたということが、困難でしたが非常に大きな成果だと捉えられるのではないでしょうか。
1998年には地域密着型ショールームの100カ所計画、2003年には「リモデル新宣言」、2018年には「リモデルあんしん宣言」を発表してリモデルに取り組み、売上構成も日本国内では全体の7割ぐらいがリモデルで、そういった面では考え方は間違っていませんでした。
一方、一生のうち1回もリモデルされない方が少なからずいらっしゃいます。
なぜかというと、不安がたくさんあってなかなかそれを相談する場所がないということだと思っています。
反面、リモデルをされた方はこんなことならもっと早くやれば良かったという方が相当数いらっしゃるので、どうやってそれを喚起していくかが私どもの課題であり、業界の課題だと思っています。
1歩踏み出す勇気がない方が多いことはわかっているので、2018年から「リモデルサポートデスク」を設置してお客様の問い合わせにしっかり寄り添い、リモデルクラブ店様にはお客様の悩みを分かってもらうための「あんしんリモデル読本」を作って、お客様が困っていることも示しながら一緒に業界を盛り上げようとしています。
サポートデスクにはTOTO製品以外の問い合わせが結構多く、さらにどこの業者さんを選んだら良いのかという問い合わせも非常に多いので、7年ぐらい経って少なからず認知をされてきたと思っています。
――最後に工務店経営者に向けて、現在、御社が感じていること、アドバイスしたいこと、送りたいメッセージなどをお願いします。
北崎常務:工務店様には日本全国で大変お世話になっています。
新築だけではなくリモデルについても工務店様の技術力がないと回っていきません。
新築でお付き合いができたお客様を末長く、住まいのドクターのような形でぜひ一緒にやっていきたいと思っています。
手前味噌ながらリモデルに対するノウハウは私どもこの30~40年でしっかり蓄積してきました。
ぜひぜひ一緒にリモデルの取り組みを盛り上げていきましょう。
日本住宅新聞提供記事(2024年9月15日号)
詳しくは、NJS日本住宅新聞社ホームページにてご確認下さい。
http://www.jyutaku-news.co.jp